茶の葉物語、栃沢の新茶

静岡は栃沢の新茶を飲むことができました。
このお店でも滅多に飲めない珍しいお茶。
先日一煎だけいただいて何とも言えない光景に是非もう一度・・・

今日は少々遅い到着。時間もあまりないところで味わうこととなりました。
おもてなしをしてくださるのは私が最初の頃からいらっしゃるお二人でした。なつかし~ぃ。
早速まだ飲んでいない栃沢と初倉で、少なくなった方をとお願いしました。
すると栃沢の新しいのをお出ししようとしましたが、やはり最初のものにしますということ。
よろしくお願いしますということで。。。


一煎目が用意されるまでの間にその一番茶、二番茶の葉をそれぞれ見せてくれました。
  一番茶は何とも細い、二・三本で縫い針一本分?というくらいの細さ、
これがお湯に煎れると一気に開いて葉っぱになるそうです。
まさに透明の急須に入れて眺めると楽しそうな気がします。
  一方の二番茶、こちらはちょっとよりが太めになっています。
そしてよりが固まってしまったかのようになったところもあって、
でもここがおいしい味を出すのだそうです。
  そしてこの一番目のお茶と二番目のお茶、違いは畑にあるのだそうでした。
下の畑でとれて、その後別の上にある畑でとれて、、、
普通なら同じ畑でとれた時間差のあるものが一番茶、二番茶になるのですが、、、
これでようやくその違いが納得できたものでした。。。
このような話をこれからいただく一煎目の間にうかがったのでした。


さていよいよ一煎目に話を戻します。
煎れてくれる人が、ちょっと今ひとつ納得していないようで
また入れ直しますが、よろしければというところで・・・いただくこととなりました。

そのお茶の色は先日いただいたものよりかすかに色濃いような気がします。
口にしてみると先日のものとはことなる渋さが点々と舌の上を口の中を刺激してるよう。。
そのまま口の中で味わってみるとどことはなく一煎目によくある甘さもふっと顔を覗かせたり・
さすがすぐにやり直しをしないで出していただいただけはあります。

なるほど・・また口に含むと何か出てきました。
それはなかなか急勾配の山肌、谷のようになったところにびっしり茂る木々、、、
その光景がほんとに目と鼻の先に迫っていて、あたかも
軽飛行機が山に衝突する寸前の最後の映像、とでもいうかのような迫り具合、、、
どうしたのだろうと思うほどでした。

ただ先日いただいたときに見えた風景とはちょっと違います。
先日見えたものよりももっと山奥の中に入っています。

こうして三口、四口としていくにつれ、でもこの渋さの良さも感じるところとなりました。
昔お茶がまだクスリで貴重品だった頃、この渋さがとても効いたのではないかと。
それはちょうど「良薬口に苦し」を地でいくかのような後味の良さに通じそう
でもその意味ではそれほど口に苦くはありません。ほどよいのです。品も良くて。。。
なんだか懐かしくなりました。昔飲んだにがぁぁぁぁぁ~いクスリのことを。。。


こうして改めて一煎目をお願いしました。

待っている間にさきほど出していただいた
少しの一番茶と二番茶の葉の細いのをかじってみました。
かすかずつ、交互に、交互に・・・・・
微細に味が違います。その味は色で見えてきた感じがします。例えてみると
一番茶は緑の味がずっとしていて最後の最後、味が消え入るすんでのところで
こそっと黄色が出てきてかすんでいくような、そして
二番茶は緑の色が見えたかどうかというところですぐに黄色がずっと姿を現して、、、
色の違いはそんなように脳裏に浮かんで消えていきます。
そしてその違いは一番茶を基準に考えると二番茶を入れるときには
お湯の温度をより低く、お茶のです時間をずっと短くする必要がありそうな
そんな繊細な味わいを二番茶は持っているような感じでした。


さて新たな一煎目ができました。色合いも先日と似た感じがします。
一口してみると、?!*+=!ー
さっきかじった二つのお茶の葉の味が一口のお茶と共に口の中に広がって
一煎目の味が混じり合ったまま脳の中を、体の中を駆けめぐっています。
さぞやニューロンたちも驚いているかのようです。
気を取り直して、口の中・頭の中のさっきかじった茶葉の味をリセットして二口目。
ああっ、これこれ。この味です。
先日味わったものと似ています。そして見えてきたものは・・・ちょっと違います。
それは先日の一煎目と先ほどの一煎目の中間あたり、それは
先日見えた山の奥の方へと入っていった山の中腹あたりの光景、そして
先ほど見えた山ほど近づきすぎていないもっとほどよい距離感を感じました。
これまで飲んだ3杯の一煎目で一番ほど良い味の出し方しているのかもしれません。

こんな見えてきたものを煎れてくれた方にお話しすると、
先ほどのお茶は葉の細かい部分が多く、通常の半分くらいで煎れたもので、
今改めて煎れていただいたものは大きめの茶葉で出したものだということでした。
  なんだか納得できます。
一杯目が苦みがあったにもかかわらずどうしておいしく感じられたのか、
またどうして点々とした苦みを感じていたのか、、。、
すべてはお茶の葉にあったということなのでしょう。

こうして三口目、四口目、と進みます。
ちょっとお店の人とお茶の葉の話に盛り上がっているのと、時間のことも考えて
じっくり感じて味わいきるのをはしょりながら、
でもそれなりに感じながら、、、

二煎目も先ほどの一煎目の渋さとは異なっているようでした。
とてもあっさりとしていて、このあたりは塩気のない山のお味です。
でも同時に在来種ではないだけに海久保のようなしっかりとした味でもないという
説明もいただきました。
これまでもお茶の味わいについては感じてきていますが、
まだその木の種別や、蒸し方・煎り方の違いによるさを研究するに至っていません。
今後の課題ならぬ楽しみでもあります、、、。

二煎目の三口目くらいでようやく一緒に出された新茶餅の竹の葉の包みをほどきます。
おおきな笹の葉の中に隠れていたお茶の葉のお餅、
一口してみると何ともお茶の葉のあっさり感、
おもちと餡の砂糖的な甘みのなさと共にうまく溶け合っています。
この自然な味わいがお茶とまたあうんです。

雨の明けた夕方だけにすっかりお客さんはいなくなっています。
そんな中で三煎目に入ります。ここからは少しお湯を少なめにしてもらって”準急”です。
口にしてみると、お茶のかすかな渋みと共に水の甘さが強く頭の中に入ってきました。
ちょっと急須の中の時間が短かったか、と一瞬思いましたが
これもまた静岡の山のお茶ならではなのかもしれません。
先日まで飲んでいた九州のような火山がこの産地のあたりにはあまりないといった、
静岡という穏和な土地柄が見せる味わいなのかもしれません。

閉店時間が来てしまいました。
急いで最後の四煎目をいただきます。
本当は五煎目までじっくりいただきたいところですが、
それは次回、二番茶で楽しみたいと決めました。
四煎目になると妙にトイレに行きたくなるような感覚が襲ってきました。
それほどまでにこのお茶がホメオパシー効果で
激しく体の中を駆けめぐっているのでしょうか。
残った新茶餅を次々と口に運びながら、
二口、三口、四口とお茶と共に胃の中へと落ちていく、
それと共に気が体の中を駆けめぐる、
そんな元気さをこのお茶は持っているようでした。

また次回が楽しみとなりました。
最後はほんとにばたばたとしてしまって、
このブログを書くときに反芻するように思いだして書こうと思っていましたが
こうして書いているのもみっどないと、ちょっとはたせそうにはありません。

でも栃沢というお茶のおいしさは堪能させていただきました。
次回は同じ銘柄の畑違いというこれまでにない体験が楽しみなところです。


終わってお店を出て、いつもの天丼やさんに行きました。
そこでもうひとつほっとしながら、お腹の方も満たしました。
先日はそのまま何も食べない感じで過ごしたら、
翌日歯が腫れて大変なことになったので、今日は胃に入れてのバランス調整。
まあこんなことも元氣であれば起こることはなかったのですが、
ここ二週間ほど体調が崩れていての回復過程で
ほとんど何も食べないまま、元氣になりそうだからとお茶をいただいたのが
失敗だったようでした。
でも以前にも体験があったので、今回は対策をとって万事オッケー。
そろそろ元氣を整えていかないとねぇ・・・


ではまた近いところで茶の葉物語、続けていきたいと思います。
(これまで題名がうまく定まってきませんでしたが、
自分の書きたいお題目ということで、今後は統一されるかなと思います。
読んでくださってありがとうございます。)

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